はじめに
近年、文章、画像、音声、プログラムコードなど、さまざまな種類のデータを自動生成できる生成AI(Generative AI)が注目を集めています。ビジネスの効率化やイノベーションの創出など、さまざまな可能性を秘めている一方で、セキュリティリスクも懸念されています。
みなさんも生成AI導入を導入しようと考える際に、セキュリティに関する懸念は常に上位に挙がるのではないでしょうか?
本記事では実例も交えながら、生成AIを活用する上で考慮すべきセキュリティリスクと、具体的な対策について詳しく解説します。生成AIの導入を検討している企業担当者や、安全に利用したいと考えているユーザーにとって必見の内容です。
生成AIで想定されるセキュリティリスク
生成AIは、ビジネスや日常生活に革新的な変化をもたらす可能性を秘めていますが、同時にセキュリティリスクも存在します。 これらのリスクを理解し、適切な対策を講じることは、生成AIを安全かつ効果的に活用するためには不可欠です。
1. 機密情報の流出
生成AIモデルは、大量のデータから学習するため、学習データに機密情報が含まれている場合、意図せずアウトプットに含まれてしまうリスクがあります。また、悪意のあるユーザーが、生成AIに機密情報を含むプロンプトを入力することで、機密情報を不正に取得しようとする可能性も懸念されます。これは、企業の知的財産や顧客の個人情報など、重要な情報の漏洩につながる可能性があります。
具体的なリスクシナリオ例
- 顧客情報や社外秘資料を誤って生成AIに入力し、情報漏洩が発生。
- 悪意のあるユーザーが、特定のプロンプトを生成AIに入力することで、機密情報を含む回答を不正に取得。
Salesforce社の記事では、生成AIが機密データを学習データとして使用する場合、そのデータがモデルの出力に反映される可能性があり、情報漏洩リスクにつながると指摘しています。
2. プロンプトインジェクション
プロンプトインジェクションは、生成AIに対する新たなセキュリティリスクとして注目されています。悪意のあるユーザーが巧妙に作成したプロンプトをAIに入力することで、AIの挙動を操作し、意図しない動作をさせる攻撃です。これは、機密情報の漏洩だけでなく、システムの誤動作やサービスの停止につながる可能性があります。
具体的なリスクシナリオ例
- 生成AIが、悪意のあるプロンプトによって操作され、ユーザーに誤った情報を提供。
- 生成AIが、プロンプトインジェクション攻撃により、内部システムへのアクセス権限を取得され、機密情報が窃取される。
PortSwiggerのレポートでは、プロンプトインジェクション攻撃によりChatGPTのような大規模言語モデルを操作し、本来想定されていない動作をさせることが可能であると示唆しています。
また、Microsoftの研究者は、プロンプトインジェクション攻撃の一種である「間接プロンプトインジェクション」に関する論文を発表し、その危険性を警告しています。
現状としては、プロンプトインジェクションを完全に防ぐ方法は確立されていません。 しかし対策を施すことである程度防ぐことは可能なので、正しい対策を実施して可能な限りリスクを低減することが重要です。
3. ハルシネーション
生成AIは、事実無根の情報や現実には存在しない情報を生成してしまう「ハルシネーション」を起こすことがあります。これは、学習データの偏りや不足、モデルのアルゴリズムの特性などが原因と考えられています。ハルシネーションは、誤った情報の拡散や、ユーザーの誤った判断につながるリスクがあります。
具体的なリスクシナリオ例
- 生成AIが、実在しない人物や出来事に関する情報を生成し、誤った情報が拡散。
- 生成AIが、製品やサービスに関する誤った情報を生成し、ユーザーが誤解したまま購入してしまう。
医療分野での生成AIの活用において、医学的に不正確な情報が生成されるリスクが指摘されています。 このため、多くの医療機関では生成AIの利用を限定的なものにとどめ、医療専門家による厳密なチェック体制を構築することで対応しています。
Googleの研究者による論文では、大規模言語モデルにおけるハルシネーションの問題が詳細に分析されています。この研究は、ハルシネーションの発生メカニズムを理解し、対策を講じる上で重要な知見を提供しています。
生成AIのセキュリティリスクへの対策
生成AIは革新的な技術ですが、セキュリティリスクへの対策を怠ると、情報漏洩や不正アクセスといった深刻な問題を引き起こす可能性があります。企業は生成AIを安全に活用するために、多角的なセキュリティ対策を講じる必要があります。
1. 従業員へのセキュリティ教育
生成AIの利用に伴うセキュリティリスクや安全な利用方法に関する教育は、最も基本的な対策です。従業員一人ひとりがリスクを理解し、適切な行動をとることが、企業全体のセキュリティレベル向上に繋がります。
具体的な対策例
- 生成AIのセキュリティに関する研修を定期的に実施: 生成AI技術の進化は速いため、定期的な研修で最新の情報やリスク、対策を共有することが重要です。
- 生成AIの利用に関するガイドラインを作成し、従業員に周知: ガイドラインでは、機密情報の入力禁止、出力結果の検証義務、不審な挙動の報告手順などを明確に定めます。
- セキュリティに関する情報を共有する社内ポータルサイトを開設: 最新のセキュリティニュースや、社内独自のセキュリティポリシー、FAQなどを掲載し、従業員のセキュリティ意識向上を促進します。
先進的なIT企業の中には、月に一度の「AI セキュリティデー」を設け、最新のセキュリティトレンドや社内での生成AI 利用状況を共有する取り組みを実施しているケースがあります。 このような定期的な啓発活動は、従業員のセキュリティ意識向上に効果があります。
2. アクセス制御の強化
生成AIへのアクセスは厳格に管理し、必要最低限の権限を持つ従業員のみがアクセスできるように制限する必要があります。
具体的な対策例
- 多要素認証の導入: パスワードに加えて、スマートフォンアプリやセキュリティトークンを用いた多要素認証を導入することで、不正アクセスのリスクを大幅に低減できます。
- アクセス権限の階層化: 従業員の役割に応じてアクセス権限を階層化し、機密性の高いデータへのアクセスを制限します。
- 生成AIの利用状況の監視とログ記録: 誰が、いつ、どのような操作を行ったかを記録し、定期的に監査することで、不正アクセスや不審な挙動を早期に発見できます。
ある金融機関では、生成AIへのアクセスを、顧客データを扱う部署に限定し、さらに部署内でも権限を細かく分けることで、情報漏洩のリスクを最小限に抑えています。
3. データの保護
生成AIに学習させるデータや、生成AIが生成したデータは、企業にとって貴重な資産です。これらのデータを適切に保護することは、セキュリティ対策の重要な要素です。
具体的な対策例
- データの暗号化: 保存時および通信時のデータ暗号化は必須です。
- アクセス制御: データへのアクセスは、必要最小限の従業員に制限します。
- 定期的なバックアップ: データ消失のリスクに備え、定期的なバックアップと復旧手順の確立が不可欠です。
- データの匿名化: 個人情報など機密性の高いデータは、生成AIに学習させる前に匿名化処理を行うことで、情報漏洩のリスクを低減できます。
ある医療機関では、患者データを生成AIに学習させる際、完全な匿名化処理を行い、さらに学習後のモデルからも個人を特定できる情報が出力されないよう、厳格なフィルタリングを実施しています。
4. 生成AIサービスの適切な選定
生成AIサービスを提供する企業は数多く存在しますが、セキュリティ対策のレベルは様々です。信頼できるサービス提供元を選定することは、セキュリティリスク軽減に不可欠です。
具体的な対策例
- セキュリティ認証の確認: ISO27001やSOC2などのセキュリティ認証を取得しているサービス提供元を選ぶことが重要です。
- サービスレベル契約 (SLA) の確認: サービスの可用性、パフォーマンス、セキュリティに関するSLAの内容を精査し、自社の要件を満たしているか確認します。
- プライバシーポリシーの確認: データの取り扱いに関するプライバシーポリシーを確認し、適切なデータ保護が行われているかを確認します。
セキュリティ対策が充実した生成AIサービスの選定は、インシデント防止に重要な役割を果たします。
まとめ
生成AIは、私たちの生活やビジネスを大きく変革する可能性を秘めていますが、セキュリティリスクも存在します。 本記事で紹介したセキュリティリスクと対策を理解し、安全に生成AIを活用していくことが重要です。
生成AIのセキュリティ対策は、決して一度行えば終わりではありません。 生成AI技術の進化や、新たな脅威の出現に応じて、セキュリティ対策も継続的に見直し、改善していく必要があります。
ただしセキュリティリスクを恐れるあまり、生成AIの活用を躊躇する必要はありません。 適切な対策を講じることで、生成AIの恩恵を安全に享受することができます。 皆さんも、本記事で紹介した対策を参考に、自社に適したセキュリティ対策を検討し、生成AIの安全な活用を目指しましょう。